妻のスマホに残されていた唯一の日記

妻は亡くなる1ヶ月前くらいから、スマホの操作も大変で

だんだん使えなくなっていきました。

こっちから連絡しても返事もあまり返ってこないし、

ときどき話の内容が噛み合わないこともありました。

抗がん剤や薬で眠っていることが多くなっていて、

文字を打つのもつらいみたいでした。

会社や友人から来ているLINEの返信を、

妻の言われた通りにボクが代わりに打ったりもしていました。

その時ボクがスマホをいじっていると、

メモ張に書いたあった日記を発見しました。

亡くなる半年前に書いたものです。

スマホで書いた日記らしいものは、この一つだけでした。

日記を読んだときに涙が出ました。

ただ、妻のいる前で涙を見せる訳には行かないのですぐに病室を出ました。

日記を読んだことは、結局最後まで妻には話しませんでした。

悲しくなるから。

(妻の書いた日記)

もし癌やったとしても、事実を受け入れるだけ。

後悔することなんてない。

あの時先生もベストを尽くしてくれたし、

最善の治療も全て受けることができた。

それでも再発したのであれば、そうなる運命やったってこと。

今後もし、残りの寿命が少しやって告げられたとしても、

その寿命は私の宿命やったってこと。

長くない人生やったとしても、可愛い娘も授かって、

短い間やったけど未熟な母親なりに子育てもできた。

素敵な旦那さんとも数カ月やったけど一緒に暮らせた。

そして私自身、素敵な両親、家族の元に生まれてこれた。

幸せ。

身体は死んでも魂は生きてるし、

おじいちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんのところに行くだけ。

生きる場所が変わるだけ。

おじいちゃんには謝らないとな。

反抗期真っ只中やったから、おじいちゃんに

優しい言葉なんてかけられてなかった。

クソガキの私しか知らないやろーな。

おじいちゃん孝行できなくてごめんって謝ろう。

くよくよしても一日、メソメソしても一日、モヤモヤ悩んでも一日、

同じ一日なら笑って一日!!

2017年の夏、妻と娘と家族3人で一緒に暮らしていましたが、

妻が腕が痛いと言っていたので、最初にガンが見つかって

手術した大学病院に行って精密検査をするために実家に戻りました。

再発かもしれないと疑っているときに書いた日記です。

抗がん剤や放射線治療で、髪の毛が抜けたり

体の自由もきかなくなりトイレも自分で行けなくなり、

娘と一緒にもいられない。

本当につらいのは妻であったのに。

強がりかもしれませんが、ボクがいつまでも

落ち込んでなんていられないと日記を読んで思いました。

あと妻は東京に10年くらい住んでいましたが、ずっと関西弁なんです。

それも可愛かったな。

娘も関西弁になるのかなとか妻と話してたな。

“今日も娘と一緒に笑って過ごしたよ。”



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